ペスト(Plague)

自衛隊中央病院 箱崎 幸也・越智 文雄・宇都宮 勝之

ペスト(Plague)

病原体

Yersinia pestis(グラム陰性桿菌)が、ネズミやリス等が感染しノミが媒介してヒトに感染する。

潜伏期間

1〜6日(蚤からの血液感染では2〜8日間)

感染経路

ペスト感染ネズミに吸着した蚊に刺された後、所属部位のリンパ節腫脹をきたし、時に菌血症から二次肺炎を惹起し肺ペストの感染源になる。

症状

腺,敗血症ペスト経過中に肺ペスト(高熱、咳、漿液性血痰)を起し、ヒトへの感染力は極めて強い。腺ペストでは、高熱有痛性のリンパ節腫脹(出血性化膿性炎症)、化膿、敗血症、高熱がみられ、肺ペストでは高熱、咳、漿液性血痰が特徴的。

診断

血液、喀痰などの検体を用い、グラム/wayson 染色による菌の証明。

致死率

未治療では100%、発症後24時間以内に抗菌薬を投与すれば非常に有効。

治療

テトラサイクリン、クロラムフェニコール、ストレプトマイシンなどが効果的。

概要

ペストはぺスト菌(Yersinia pestis)によって引き起こされ、ねずみやリスなどのげっ歯類に感染する病気である。げっ歯類についているノミから時に人にも感染する。密集していて衛生状態の悪い環境でペストは広がり、中世のヨーロッパでは何百万人の人がペストで死亡した。ペストは死亡率が高く、四肢末端、鼻先端などの小出血斑が暗紫色に変色し、かつては黒死病(Black death)とも呼ばれた。

疫学/生物テロ関連

疫学

14世紀のヨーロッパでは2500万人の命を奪い、その後も世界各地でおびただしい人命が犠牲になった最も悲惨な伝染病であった。ペストの発生は20世紀に入ってから著明に滅少し、現在では、

  1. アフリカ:特に南東部の密林地帯
  2. アジア中南東部:特に雲南、蒙古、ヒマラヤ周辺
  3. 北米南西部:特にロッキー山脈周辺
  4. 南米北西部:特にアンデス山脈周辺

の4地域に常在するだけである。流行地では通年性に発症する。昨今人居住区域が拡がるにつれペスト患者が急増し、1991年を機に患者発生は増加している。増加しているペストの多くは比較的予後の良い腺ペストであり、早期診断と適切な治療により治癒可能である。
本邦では1899年神戸港に上陸した船倉ネズミによって輸入されたペストは、以後大小の流行を起こしたが、1926年以降発症はない。1994年インド東部のスラート市で肺ペストが流行し12,500人の患者発生と50人の死亡が確認された。海外交流の盛んな我が国においては、人を通して持ち込まれるだけでなく、ペスト菌常在地域からの資材、食品、齧歯類ペットなどの輸入に伴って、検疫体制をすり抜けて侵入する危険性は高まっている。

生物兵器化(※14)

ペスト菌は、大量生産の過程で感染する危険性が高く、取り扱いに熟練技術とそれなりの設備を必要とし、散布しても直ぐに死滅することから、生物兵器としての可能性は低い。しかしながら感染力は強くヒトからヒトへの感染があり、培養は容易で簡単に大量生産できるなど、生物テロに用いられる可能性は十分にある。テロとして散布される場合は、肺ペストの可能性が高い。肺ペストはヒトからヒトヘ飛沫感染するので、強力な伝染性を有し症状も激烈である。ペスト菌の散布方法としては、ビルの空調に仕掛けエアロゾール散布される可能性や、寒冷に強いことから凍結乾燥した粉末を送りつけられる可能性もある。

病原体

ペスト菌は、1893年香港で流行した際に北里柴三郎により発見され、A.E.J. Yersin(スイス・仏)により同定された。

形態と特徴特性

ペスト菌(Yersinia pestis)は、通性嫌気性グラム陰性桿菌中の腸内細菌科(enterobacteriaceaes)に分類されるエルシニア族(Yersinieae)の、エルシニア属(Yersinia) に含まれる8菌種のうちの一つである。本来ネズミ、リス等の齧歯類に流行する感染症の病原菌で、ノミが媒介してヒトに感染する。腸内細菌としての一般的性状を有し、至適温度は27〜28℃である。ペスト菌の抵抗性は比較的弱く、55℃、15分加熱、アルコール浸漬2〜3分または0.5%石炭酸水で死滅する。日光下でも数時間以内で死滅する。寒冷には強く、氷室内で25年間生存した報告がある。
0.5〜0.8×1.5〜2.0nmの両端鈍円な小桿菌である。普通寒天平板に37℃で24時間培養すると、露滴状の非常に小さい集落を作る。48時間後には、灰白色で中心部が隆起し、平滑で光沢のある径1〜2nmの集落となる。芽胞や鞭毛を欠き莢膜を有しないが、生体内あるいは37℃の培養で、菌体周囲に莢膜様の抗食菌性エンベロープを認める。棍棒状、酵母状、大小不同等種々の退行形を生じやすい。染色すると菌の両端が濃く染まりやすい(両端染色性)。

病原性

ペスト菌は、腸内細菌の毒素に類似する薬理作用を持つリポ多糖体の内毒素Pesticin1を産生し、ヒトに病原性を示す。腺ペストでは、ノミの刺し口から体内に入った菌が、リンパ節炎を起こし、さらに敗血症に進展して死に至る。肺ペストでは飛沫感染で伝染した菌が原発性肺炎を起こし、無治療では全例死亡する。VW抗原複合体抗体が食細胞抵抗性を示し、病原性(毒力)に関係する。外毒素の存在も知られている。
※VW抗原複合体抗体:莢膜の形で菌体抗原の0抗原表面を覆っているK抗原の一種で、変異した抗原複合体抗体

消毒

患者に用いた器材や周辺環境の消毒は、80℃の熱水で10分間消毒し、消毒薬:0.1w/v% 第四級アンモニウム塩に30分間浸漬、または0.2w/v%第四級アンモニウム塩で清拭、0.01%(100〜1000ppm)次亜塩素酸ナトリウムに30〜60分間浸漬、消毒用エタノールで清拭の、いずれかで実施する。

検査

血液、喀痰、リンパ節の検体などから、塗抹染色、培養(血液寒天培地BTB培地)により、ペスト菌(Y.pestis)の分離・同定を行う。検体は、腺ペストの場合はリンパ節吸引物、腫脹部の組織液もしくは膿汁、肺ペストの場合は喀痰、敗血症ペストでは血液、皮膚ペストでは局所組織液または膿汁、眼ペストでは眼分泌物などとする。
蛍光抗体法にて、患者血清中の抗Fraction1(エンベロープ)の抗体価を測定する。抗体価がPHAで10倍以上が感染の目安となる。ウエスタンブロット法で、Fraction1に対する18kDaを、PCR法によりペスト菌の特異的遺伝子を検出することで確定診断となる。

臨床症状と診断(※15)

臨床的には3型に大別される。リンパ節炎から敗血症に進展し死に至る腺ペスト(bubonic plague)と、腺ペストから敗血症へ移行する敗血症ペスト(septicemic plague)、ペスト患者から直接飛沫感染でヒトに伝染し、原発性出血性肺炎を起こして殆どが死亡する肺ペスト(pneumonic plague)の主要3病型である。ほかに、ノミの便中の菌が皮膚を掻いた小さな傷から侵人して感染し、皮膚局所に化膿巣および潰瘍を作る皮膚ペスト、侵入部門が目の場合の眼ペストなどがある(この他に、secondary pneumonic plague、plague、plague pharingitisを加える分類もある)。
潜伏期はほぼ腺ペストで2〜6日、 肺ペストは1〜6日で、致死率は無治療では腺ペスト40〜90%、肺ペストでほぼ100%とされる。

腺ペスト

自然界におけるヒトペストの80〜90%は腺ペストであるが、膿に触れなければヒトからヒトへの伝染はない。ペスト感染ネズミに吸着したノミに刺された後、所属部位のリンパ節腫脹をきたし、時に菌血症から二次肺炎を惹起し肺ペストの感染源になる。
潜伏期2〜8日の後、感染部位領域のリンパ節が腫脹し( 一次性腫脹)、急激な発熱(38℃以上の高熱)、頭痛、悪寒、倦怠感、不快感、食欲不振、嘔吐、筋肉痛、脱力感、精神混濁などの強い全身性の症状を発症する。さらに鼠径部、腋窩、頚部などのリンパ節に、圧痛を伴うクルミ大ないしアヒルの卵大の腫脹(横痃 bubo)が起こる。また、ペストに特異的な酩酊様顔貌(ペスト顔貌 facies pestica)を呈する。次いで疼痛を伴う出血性化膿性炎症(膿瘍)を形成し、組織の破壊や壊死により、菌血症、エンドトキシン血症からショック、DIC、昏睡に至る。一部は敗血症ペストに移行するが、ペスト菌の内毒素による出血性素因により黒い皮下出血斑がでると、多くは死亡する(黒死病 black death)。適切な治療が行われない場合の致死率は40〜90%である。
腺ペストから、敗血症ペスト、肺ペストヘと移行すると致死率が高くなるので、慎重に対処する。

敗血症ペスト

ヒトのペストの約10%を占め、急激に敗血症症状を起す。ペスト菌が経皮感染し局所リンパ節に侵入した腺ぺストから、局所症状はなくリンパもしくは血流を介して、脾臓や肝臓等全身に伝播し菌が増殖して敗血症へ移行したものである。急激なショック及びDIC(昏睡、手足の壊死、紫斑など)を起こし、通常2〜3日で死亡する。ごく一部は、二次性の肺ペストに進行する。

肺ペスト

腺ペストの末期や、敗血症ペストの経過中に菌が肺に侵入して起こるほか、肺ペスト患者から排出されたペスト菌を含むエアロゾールを吸入後1〜6日(多くは2〜4日)の潜伏期を経て2次的に発症する。治療開始後72時間は感染力があり、ヒトへの感染力は極めて強い。
病状は急速に進行し、強烈な頭痛、嘔吐、39〜41℃の高熱、急激な呼吸困難、咳嗽、胸痛、鮮紅色で泡立った血痰、喀痰(粘膿性または水溶性)で発症する。肺炎は急激に進行しチアノーゼと細菌性ショックを呈し、呼吸不全、敗血症、DICに進展し多臓器不全となって1〜2日で死亡する。皮膚ペストや腺ペストに見られる黒い壊死した皮膚病変は、通常肺ペストでは見られない。肺ペストの患者は治療をしなければ死亡率はほぼ100%である。胸部X線像は、重篤な気管支肺炎像を示す。

鑑別診断

  1. 急性呼吸器疾患(感冒症候群、急性気管支炎、肺炎)
    胸部X線像、喀痰塗抹検査、血液培養などにより鑑別する。
  2. 野兎病
    野兎病菌がダニ、ウマバエなどをベクターとして感染し、腺ペストに類似した症状を呈する。
  3. 類鼻疽
    傷口あるいは砂埃の吸引を介して感染し、肺ペストに似た初期症状を呈する。
  4. レプトスピラ症
    感染ネズミの尿に出るLeptospira autumnalis type A, Bなどが傷口から侵人した場合に感染する病気で、初期症状がペストと似ている場合がある。

治療

治療は呼吸・循環の管理が中心となる。酸素投与、気管内挿管、人工呼吸、大量の輸液がすべて必要である。抗生剤による治療を早期に行えば、救命が可能である。無治療ではほぼ100%死亡するが、早期からの抗菌薬による治療が有効である。肺ペストでも、症状出現後8〜24時間以内に抗菌薬を開始すれば、予後は良好である。

治療投与

治療のためには、テトラサイクリン、ストレプトマイシン、ゲンタマイシン、ドキシサイクリン、シプロフロキサシンのどれか1つを10〜14日使用する(少なくとも10日間投与)。ニューキノロン系のシプロフロキサシン、レボフロキサシンは、経口であるにもかかわらず、ストレプトマイシン、ゲンタマイシンの静注と同等かそれ以上の効果がある。

WHO、CDC等推奨(成人処方例、米国での用法・用量)

  1. テトラサイクリン
    40mg/kg/日、静注 1日4回(解熱後も5日間投与、静注5日後、経口剤5日間投与も可。2g/日、経口1日4回)。腺ぺストおよぴ肺ペストに効果があり、オキシテトラサイクリンも同様な効果がある。
  2. クロラムフェニコール
    40mg/kg/日、静注 分4(解熱後も5日間投与)。妊婦にも投与可能で、ペストによる髄膜炎時にも用いる。
  3. ストレプトマイシン
    1g/日 筋注 1日2回(解熱後は1.または2.を投与)。妊婦、新生児にも投与可能(30mg/kg/日)ですべての型のペストに最も効果があるが、副作用もあるので過度の使用に注意する。
  4. ゲンタマイシン
    ストレプトマイシンと代替またはクロラムフェニコールと併用し、10日間投与する。回復後も3〜4日間投与。妊婦にも投与可能である。
  5. ドキシサイクリン、オフロキサシン、セフトリアキソン
    ヒトに使用した臨床報告はないが、動物モデルには効果が認められた。

予防投与

ワクチン投与はホルマリン不活化全菌体ワクチンであり、2年ごとの再投与が必要である。腺ペストには有効であるが、バイオテロ時に懸念される肺ペストへの効果は確認できていない。通常その対象は、流行地を旅行し、なおかつノミなどへの接触の可能性の高い場合や、感染者に接触する可能性の高い人に限られている。現在米国では製造が中止されている。現在我が国では、横浜・東京検疫所等の主要検疫所と一部の予防接種センターにおいて接種可能である。曝露後接種の効果は期待できないため、ペスト菌に接触した可能性があるヒトは、抗生剤の予防内服が勧められる。
抗菌薬の予防内服は

  1. 腺ペスト、ペスト性敗血症患者と直接接触した場合
  2. 肺ペスト患者に濃厚按触した場合
  3. 検査室内の事故
  4. 菌体に曝露された可能性のある人の場合

で、約7日間投与する。ドキシサイクリン100mg(経口、1日2回)かシプロフロキサシン500mg(経口、1日2回)が推奨されている。小児ではドキシサイクリン2.2mg/kg(経口、1日2回)、妊婦では100mg(経口、1日2回)とされている。投与期間中は、発熱や咳などの症状発現を厳重に観察する。

ペストへの対応

ペストは、「感染症法」では危険性の極めて高い1類感染症に分類される。疑似発症患者、無症状病原体保有者を含めて、本症を疑った医師は直ちに最寄りの保健所に届け出なければならない。保菌者を含む患者は、1類感染症として地域の特定感染症指定医療機関もしくは第一種感染症指定医療機関への入院勧告が行なわれる。この際、問診・視診により、症状がでる15日以内の流行地への渡航歴、ノミによる咬刺傷の有無、疑わしいエアロゾールの吸引、粉体への接触の有無などを確認しておく。
細菌検体の採取に慣れていないような場合は、菌の検出等は保健所、地方衛生研究所の指示に従う。検査の依頼を受けた保健所は、検体(血清など)を地方の衛生研究所に搬入し、ペスト菌の分離同定、血清抗体検査(FA、ELISA、PHA)などが行なわれる。国立感染症研究所と連携して検索が行なわれる場合もある。
肺ペスト患者と接触する際には標準予防策に加え飛沫感染予防策を取り、患者を個室または1m以上間隔を空けたベッドに収容し、マスク・ガウン・手袋・眼鏡等を着用して、ペスト菌の吸入に注意する。皮膚ペストや腺ペスト患者に対しては、手袋、防護衣などで防護を行なう。感染拡大防止でネズミ、ノミの駆除など、一般衛生の徹底と適切な防御対策が必要である。