腸チフス(Salmonella spp.)

自衛隊中央病院 箱崎 幸也・越智 文雄・宇都宮 勝之

腸チフス(Salmonella spp.)

概要

腸チフス・パラチフスは一般のサルモネラ感染症とは区別され、チフス性疾患と総称される。腸チフス・パラチフスは、チフス菌・パラチフスA菌の網内系マクロファージ内増殖に伴う菌血症と、腸管の局所の病変を特徴とする疾患である。腸チフス・パラチフスは現在でも、日本を除く東アジア、東南アジア、インド大陸、中近東、東欧、中南米、アフリカなどに蔓延し、流行を繰り返している。わが国でも昭和初期から終戦直後までは腸チフスが年間約4万人、パラチフスが約5,000人の発生がみられていた。そして、1970年代までには環境衛生状態の改善によって、年間約300例の発生まで減少した。その後さらに減少し、1990年代に入ってからは腸チフス・パラチフスを併せて年間約100例程度で推移している。そのほとんどは海外からの輸入事例で、海外旅行が日常化したことにより増加傾向にある。腸チフス・パラチフスの集団発生としては、1993年に首都圏で50名の腸チフス患者、1994年には近畿地方で34名のパラチフス患者、1998年には関東地方で約20名のパラチフス患者がみられている。
チフス菌、パラチフスA菌はグラム陰性桿菌で周毛性鞭毛を持ち、運動性がある。両菌は宿主特異性があり、ヒトにのみ感染し病気を起こす。国の法律上の起因菌はそれぞれ腸チフスはSalmonella Typhi、パラチフスはSalmonella Paratyphi Aである。ヒトの糞便で汚染された食物や水が疾患を媒介する。感染源がヒトに限られているため、衛生水準の向上とともに減少している。生物テロ攻撃は経口で行われるので、良好な環境衛生状態の保持が重要である。

症状

腸チフスとパラチフスの臨床症状はほとんど同じであるが、パラチフスは腸チフスに比較して一般的に症状は軽い。通常10〜14日の潜伏期の後に発熱で発症する。第1病期には段階的に体温が上昇し、39〜40℃に達する。3主徴である比較的徐脈、バラ疹、脾腫が出現する。第2病期は極期であり、40℃代の稽留熱、下痢または便秘を呈する。重症な場合には意識障害も引き起こす。第3病期には徐々に解熱し、弛張熱、腸出血をきたす。腸出血に引き続いて、2〜3%の患者に腸穿孔を起こす。第4病期には解熱し、回復に向かう。生化学的検査では、急性期には白血球は軽度に減少し、3,000/mm3近くまで低下する。GOT、GPTは軽度上昇する(200 IU/l程度)。LDHも中程度に上昇し、1,000IU/l以上となることもある。
確定診断は、細菌学的検査によるチフス菌・パラチフスA菌の検出である。細菌の検出には、血液培養に加えて糞便、胆汁の培養を行う。有熱期に血液培養を行えば、検出率は高い。保菌者、無症状者では糞便培養、胆汁培養を行う。

治療

腸チフス、パラチフスには抗菌薬の投与による治療が行われる。現在ではニューキノロン系抗菌薬が第一選択薬として使われている。チフス菌・パラチフスA菌の海外からの輸入事例では薬剤耐性菌が分離されている。とくに、インド亜大陸の渡航者から薬剤耐性菌が多く分離される。多剤耐性チフス菌・パラチフスA菌は、アンピシリン、クロラムフェニコール、テトラサイクリン(TC)、ストレプトマイシン(SM)、ST合剤(ST)の5剤に耐性を持つものが多い。現在でも、多剤耐性チフス菌はインド亜大陸、中央アジア、東南アジアで流行し、集団発生が生じることもある。現在までにニューキノロン系薬による治療が奏功しなかった症例も多く報告されている。ニューキノロン系薬の効果が望めない症例では第3世代セフェム系抗菌薬が使用される。現在のところ、第3世代セフェム系抗菌薬に耐性をもつチフス菌・パラチフスA菌は報告されていない。
1999年4月から施行された感染症法では、腸チフス・パラチフスは2類感染症に指定され、患者、疑似症患者および無症状病原体保有者(保菌者)を診断した医師は、直ちに保健所長を通じて都道府県知事に届け出るように決められている。