自衛隊中央病院 箱崎 幸也・越智 文雄・宇都宮 勝之
天然痘ウイルス(variola virus)、ヒトからヒトへ空気感染, 飛沫感染, 接触感染(発疹や水疱の滲出液)を起こす。
平均12日間(7〜17日)
初期症状は倦怠感、発熱、頭痛である。発疹(四肢に同時発生)が特徴的であり、紅斑、 丘疹、水疱、膿疱、結痂、落屑の順に1〜2日間隔で進行し、1〜2週間で痂皮化する。
急性経過を示す出血型、悪性型は、全患者の5〜10%にみられる。特徴的な皮膚所見がないこともあり診断は困難で、潜伏期間が短く5〜6日目で死亡。
咽頭・鼻腔・皮膚病変のぬぐい検体からウイルス同定
ワクチン未接種では、30%が死亡する。種痘を受けた人でも3%が死亡する。
支持療法のみで、呼吸管理と隔離が必要である。
1977年ソマリアでの自然発症例が最後で1980年WHOは天然痘の根絶を宣言したが、ウイルスとしては現在でも米国CDC、モスクワのウイルス予防研究所に保管されている。
旧ソ連邦崩壊後、多くの生物剤研究者と共に天然痘(痘瘡)ウイルスがロシアから流失した可能性も示唆されている(※2)。このため米国は、診断法やワクチンの研究開発などの目的で、世界保健機構(以下WHO)が決定した2002年のウイルス破棄を当面の間、見送ることにした。
免疫のない個人が天然痘患者に近距離で接すると80%以上が天然痘を発症し、根本的な治療法はなく死亡率は30〜40%にも達する。テロリストは種痘を受けることで危険を免れうることから、生物剤として理想的な条件を備えている。天然痘ウイルス散布テロが実際に起これば、無防備で被曝すると数百万人もの患者・死者が予測されている。感染制御のための、初期検知・患者隔離・ワクチン接種などが迅速に実施できる体制構築が必須である。
天然痘(痘瘡)は古代インド、中国に発生した記録があり、エジプトでも10世紀頃のラムセズ5世のミイラに痘瘡感染痕が見られる。十宇軍の遠征後にヨーロッパに侵人し、新大陸発見と共にアメリカ大陸に拡がった。
伝染力が非常に強く、死に至る疫病として人々から恐れられていたが、1796年ジェンナーによる牛痘ワクチンの接種、すなわち種痘の普及により発生数は激減した。1970年ドイツ人青年がパキスタンから帰国した直後に発症し、診断が確定しないままMeschede病院の一般病棟に収容された。青年は4日後に天然痘と診断され、感染症専門施設に転院した。同じ病室にいた患者2人、看護師3人、この青年とは直接接触なく別の病室にいた患者13人、病棟玄関で15分間医師と立ち話しただけの外来者1人の計19人が天然痘を発症し、うち4人が死亡した。
1977年ソマリアにおいて発生した患者を最後に、地球上から天然痘は消え去った。2年の監視期間を経た1980年5月に、WHOは天然痘の世界根絶宣言を行った。
その後も現在までに患者の発生はなく、存在する天然痘ウイルスは、アメリカとロシアのバイオセーフティーレベル(BSL)4の施設で厳重に保管されているもののみとなった。我が国では、1980年(昭和55年)、法律的にも種痘は廃止された。旧ソ連では、第二次世界大戦後も生物兵器として研究されていた。アメリカ国防省では、旧ソ連や北朝鮮からの亡命者による証言、イラクでの天然痘ワクチン製造実績、イラクや北朝鮮兵士の血液サンプルに最近天然痘ワクチン接種を示すデータより、ロシア・イラク・北朝鮮では現在も軍事目的の天然痘ウイルスが存在している可能性を指摘している。
「根絶」された疾患である天然痘は、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(以下「感染症法」と略)や予防接種法の中にも入っていない。万一、人口密集地などで天然痘ウイルスがひそかにまかれた場合、感染者が発症しテロ発生が察知されるまでの間、2次感染により患者は指数関数的に増え大問題に発展する恐れがある。
天然痘ウイルスの生物テロとしての脅威
天然痘(smallpox)は、variola major(大痘瘡:致死率20〜50%)とvariola minor(小痘瘡:致死率1%以下)の2種のウイルスで起こる。
天然痘ウイルスVariola virusは直径20 nmの線状ニ本鎖DNAウイルスで、ウイルスとしては最も大きい部類に属する。オルソポックスウイルス orthopoxvirusに属し、自然界での宿主はヒトのみである。蛋白質の突起を持つエンベローブに包まれ、内部にはDNAと蛋自質が結合したコアの部分と、ウイルスの増殖に必要な酵素を持つ側体とが含まれる。Monkeypox virus(サル痘)、vacciniax virus(種痘)、cowpox virus(牛痘)も、天然痘ウイルスと同じ抗原をもちヒトへの感染性を有するが、これらのウイルスはヒトからヒトヘの伝播はない。
天然痘ウイルスは、感染性が強く10個程度の吸入でも感染が成立しうる。ヒトからヒトへの伝搬は主に空気感染が恐れられているが、飛沫感染(飛散した咳、くしゃみなどを吸い込む)・接触感染(発疹/水疱の滲出液に接触)もありうる。
ウイルスは、口腔・咽頭あるいは気道粘膜から侵入する。感染部位の近傍リンパ節で増殖し、3〜4日で無症候性のウイルス血症となる。8日目頃に、肝、脾、骨髄、肺などの毛細血管に取り込まれて増殖したウイルスは、二次性のウイルス血症を起こし発熱と毒素血症をもたらす。特に皮膚, 粘膜に定着し、特有の臨床症状を起こす。
天然痘ウイルスは60℃、30分の加熱で不活化されるが、乾燥した分泌物や痂皮の中で数年間も感染能力が維持され、低温乾燥状態ではより安定し長く生存する。このことから、過去の天然痘の集団発生は冬から春にかけて流行した。
凍結乾燥では数年間活性を保持しエーテル耐性であるが、アルコール、ホルマリン、紫外線で容易に不活化される。汚染物は80℃、10分の熱処理を第一選択とし、患者の寝具や衣服はオートクレーブするか、漂白剤を加えた熱湯にて洗濯する。汚染物表面の消毒には、抗ウイルス作用の強い消毒薬(例:2〜3.5w/v%グルタールアルデヒドに30分間浸漬)も有効と考えられる。
天然痘(痘瘡)は1類感染症に準ずる重篤な感染症で、検査は保健所、地方衛生研究所あるいは国立感染症研究所で実施されることになる。ウイルスの増殖実験はBSL4が要求されるため、現在我が国では実施不可能である。
検体は、水疱内容や口咽頭ぬぐい液などが材料となる。検体の採取に際してはマスクと手袋を装着する。水疱や膿胞から検体を採取時には、26G注射針で内容物を吸引採取する。かさぶたはピンセットで採取する。検体は密封容器に入れ、チューブとフタのつなぎ目はテープでシールし、防水性コンテナーに入れる。
天然痘ウイルスの病原学的検査には、
がある。抗体の証明(検体:患者血清)は、血球凝集阻止法、補体結合性法にて中和抗体産生の有無を既知抗原を用いるが、診断的有用性は低い。
潜伏期は平均12日(7〜17日間)で、突然の発熱、悪寒、頭痛などの感冒様症状を呈する。小児では時に、悪心・嘔吐、激烈な腹痛や精神錯乱(15%)も見られる。麻疹あるいは猩紅熱様の前駆疹を認めることもある。2〜3日後には一時的に解熱傾向をみるが、再び発熱すると同時に特徴的な紅班が、顔、口腔/咽頭粘膜、前腕、手に出現する。紅班は、四肢(手掌や足底に及ぶ)や体幹に一斉に遠心性に拡がる。発疹は規則的に移行し、1〜2日で臍窩のある水疱様になる。1週間ほどで、丸く、硬く、皮膚に強く固着した膿疱になり、8〜9日目には再び高熱、疼痛、灼熱感が起こり痂皮に変わる。痂皮はやがて落屑し、全経過3週間程度(通常8〜14日)で治癒するが、回復後も皮膚(特に顔面)に陥凹し脱色した瘢痕を形成することが多い。
急性期を乗り越えれば、永続性の細胞性免疫(感染防御能)を獲得し、種痘痕は残るが以後の日常生活に支障はない。しかしvariola majorで無治療の約30(20〜50)%が死亡し、種痘を受けた人でも3%が死亡する。感染力は発疹出現時からみられ、出現後7〜10日が最も強く、痂皮が取れるまで感染力がある。伝染速度は、水痘や麻疹と比べ弱い。
急性経過を示す特殊型(出血型、悪性型)は、天然痘患者の5〜10%にみられるが、診断は困難である。出血型は潜伏期間が短く、高熱、頭痛、背部痛、腹痛などによる衰弱が著明である。薄黒い紅斑が出現した後、皮膚や粘膜ヘの出血を伴い、通常発疹出現後5〜6日目で死亡する。悪性型は死亡率が高く、出血型と同様に急性発症し全身衰弱を伴う。皮膚病変の進行は、緩徐で膿胞期にまで進行することはない。
天然痘は、四肢、顔面を中心に特徴的な皮疹が現れると診断は容易であるが、早期診断が感染拡大阻止に重要である。特に問診が大切で、初期症状発現の1週間ほど前に天然痘に感染する機会(疑わしいエアロゾルの吸引、不審な粉末の吸入/皮膚付着、発生地への立ち寄り等)があったかに注意する。
診断の鍵は、「発疹タイプの変化が、1〜2日の間隔て揃って進行すること」である。成人における「異常な水疱の発生」として察知される可能性がある。疑わしい場合には、感染症専門医への相談を躊躇なくすべきである。
水痘chickenpox(varicella)との鑑別が重要でる。水痘の皮膚所見では、水疱には臍窩がなく、体幹部を中心に紅斑、丘疹、水疱、痂皮の時相が異なる発疹が混在してみられる。
さらに水痘では、天然痘と異なり、手掌や足底には皮膚病変を認めず治癒後搬痕を残さない。
ワクチン(Vaccinia vaccine)未接種時には、約20〜50%の感染者が死亡する。特異療法はないが、予防ワクチン投与が被曝4日以内(1週間以内でも可か)であれば有意に発症の予防が可能である。予防ワクチンにより、少なくとも5年間の効果が見込まれている。しかし種痘接種後には、10〜50万人に1人の割合で脳炎が発生しその致死率は40%と高いので、接種の適応を決めるにあたっては十分な配慮が望まれる。免疫グロブリン(VIG)0.3 mg/kgはワクチン接種が不可能な時に投与され、早期(曝露24時間以内)使用で70%予防可能であるが、現在高力価のVIGの供給は当然ながら困難である。
現在我が国では備蓄用の天然痘ワクチン(種痘、LC16m8株)の再生産が決定され、2001年度から厚労省が備蓄を進めており、2002年3月時点で250万人分を備蓄している。患者発生が見られた場合に、その周辺等にワクチン接種(リング・ワクチネーション)を行う可能性はある。過去にワクチン接種を受けた人は、もし罹患し発症しても軽症と推測されるが、約3%は死亡する。
天然痘と水痘との鑑別(皮膚所見)
天然痘 | 水痘 | |
発疹の特徴 | 規則的に、同一の発疹のみが見られる(紅斑、丘疹、水疱、膿疱、結痴、落屑、痴皮の順で移行) | 多様な発疹が混在(紅斑、丘疹、水疱、痴皮が同時に見られる) |
発疹の部位 | 顔、四肢に多く分布 | 体幹に多く分布 |
臍窩のある水疱の存在 | 「ヘそのある」 | 「ヘそのない」 |
治癒後瘢痕の存在 | 陥凹し脱色した癩痕を見ることがある | 瘢痕を残さない |
天然痘ウイルスに対する有効な抗ウイルス薬はなく、適切な支持療法と二次細菌感染に対する抗菌薬投与が主な治療法である。動物実験では、曝露後1〜2日以内に投与した時に限ってcidofovir(DNAポリメラーゼ阻害剤、nucleosideアナログ)の予防効果が報告されている。ヒトでのデータはなく、静脈投与が必要で腎毒性を伴い注意を要する。
天然痘が疑われる患者は、保健所の指示により第1種感染症指定医療機関に転送する。転送された医療機関では、天然痘患者または疑似患者をHEPA(high efficiency particle air)フィルターを備えた陰圧個室に隔離する。標準予防策に加えて、飛沫・空気感染と接触感染の予防策が重要である。
環境中での天然痘ウイルスの生存期間は、十分には解明されていない。同属のワクシニアウイルスのエアロゾルで紫外線に当たらない条件下では、高温多湿(30℃、80%)なら6時間、低温低湿(10℃、20%)なら24時間生存可能である。天然痘ウイルスも同様とみられている。生物テロのエアロゾル散布時で、天然痘診断時には天然痘ウイルスはすでに環境中から消失しており、除染の必要性は少ない。
天然痘は1類感染症に準じ、患者で感染もしくは疑似感染の発生が認められたときは、直ちに最寄りの保健所に届け出、患者は第1種感染症指定医療機関に転送させる。しかしながら、発疹出現前あるいは発疹初期の患者では、直ちに天然痘の疑いありと見極めて保健所などへ報告するのは困難と考えられる。常に発疹出現に注意し、少しでも疑わしければ直ちに関係機関へ連絡しなければならない。
二次感染拡大防止のために、医療関係者はマスク(N95等)・手袋・防護衣を着用して対応する。患者収容病院の全スタッフには、ワクチン接種が必要である。さらに、救急医療従事者、警察官、消防隊、公衆衛生スタッフなども、ワクチン投与が禁忌でない限り、ワクチンを投与する。重要なことは患者と接触したか、またはエアロゾルに曝露したかどうかを厳密にチエックし、ワクチン投与と厳重な観察下(出来れば自宅での隔離)に置かなければならない。特に、毎日の体温測定にて、接触および曝露後17日以内に発熱が見られた場合には、直ちに受診することをすすめる。
常日頃から、天然痘への監視体制整備や、患者発症時の感染制御プログラムの策定、さらに迅速な実施のための、医療関係者を中心とした啓蒙教育が必須である。
「感染症法」上の分類
根絶した疾患であるところから、これまでのところ感染症法では対象疾患に含まれていない。もし発生があれば、ただちに指定感染症として1類と同様の扱いになるであろう。発生の疑いを持った医師は、最寄りの保健所へただちに報告することになる。万一発生した場合は、国際的緊急事態となる。